Vol.29 No.6
【特 集】 古くて新しい酵母利用


新しいフェーズに入った酵母研究の最前線
大阪大学大学院 工学研究科    原島  俊・金子 嘉信・杉山 峰崇・金  連姫
 酵母研究の最前線は酵母における基礎生命科学研究の最前線であり、それは同時に酵母の応用研究の最前線でもある。 本稿では基礎生命科学に関連した話題で、筆者らが応用の観点からも面白いと感じている酵母研究の最前線を、国際会議や著名な賞、 産業バイオテクノロジー、ヘルスケアバイオテクノロジー、ゲノム解析技術やゲノム工学技術、醸造科学、 組換えタンパク生産のためのヒューマナイズド宿主の創製など、いくつかの異なるウィンドウから概観した。
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日本におけるパン酵母の進歩
(社)農林水産技術情報協会    高野 博幸
 パンは外国から入ってきた食品ではあるが、今では米に次ぐ第2の主食となっている。パンの製造にとってパン酵母は小麦粉とともに欠くことのできない原料である。 大きく膨らみ、焼き上げ後のこうばしい香りを持ったパンを作ることができるのはパン酵母によるといっても過言ではない。 わが国におけるパン酵母の歴史は、欧米諸国に比べて極めて浅いが、今日では欧米諸国のパン酵母と品質面では大差がないといえる。 そこでわが国のパン酵母がいかにして今日のように進歩してきたかを紹介する。
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交配・細胞融合法による醸造酵母の育種
秋田県立大学 生物資源科学部    中沢 伸重
 接合能がなく胞子形成能が弱い醸造酵母は交配による育種が困難である。そのため、経験による優良株の選抜や変異処理による改良が長年行われてきた。 そこで筆者らは醸造酵母に対して、分子生物学的手法により接合能を有する株を簡便に分離し得られた株間で交配するシステムや、 薬剤耐性遺伝子とレポーター遺伝子を選択符号として細胞融合体を容易に選択するシステムを構築した。清酒酵母あるいやワイン酵母を用いて、 これらのシステムが醸造酵母の育種に有効であることを示した。
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ペプチド高含有およびGABA高含有清酒の開発
菊正宗酒造(株)総合研究所    山田  翼
 清酒の多様化、高機能化を実現するために、清酒酵母のトランスポーター(栄養成分を取り込む輸送体)の働きに着目して行われた新規な酵母による清酒の開発例を示す。 一つはペプチド取込み能低下酵母によるペプチドを親株の1.5倍以上多く含む清酒の醸造である。このペプチドが多く含まれる清酒は親株で醸造した清酒と比べ、 血圧を正常に保つ活性(試験管内での実験)が3倍以上高い。もう一例は、清酒酵母からのGABA取込み能低下株の分離である。 本株により親株で醸造した清酒と比べ、GABAが2倍以上多く含まれる清酒の醸造を可能にした。
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酵母キラートキシンの作用機構
(独)農業・食品産業技術総合研究機構 畜産草地研究所    鈴木 チセ
 ある種の酵母はタンパク質性の毒素を分泌してほかの酵母の生育を阻害する能力を獲得している。それらの酵母をキラー酵母、 毒素をキラートキシン(以下、KT)と呼ぶが、キラー酵母は多くの属、種に分布し、またKTの作用機構や構造、遺伝子の所在は多岐に及ぶ。 本稿では、キラー酵母の代表ともいえるSaccharomyces cerevisiaeのK1トキシンのレセプターをめぐる話題、 美しいストーリー展開のS.cerevisiaeのKT28の作用機構、最近tRNA切断酵素活性が明らかになったPichia farinosaのSMKTについて紹介する。 これらのKTを通してKTが非常に多様性に富む生存のための巧妙な飛び道具であること、発見から40数年たっても未だ魅力ある研究対象であることを強調したい。
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海洋酵母のワイン、清酒醸造への利用
三共・創薬基盤研究所    小玉 健太郎
 近年、嗜好の多様化が急速に進み、おいしいパンや香りのよいパンを食べてみたい。よりよい香りやコクのあるワイン、清酒、焼酎を飲んでみたいなどの要望が多くなった。 これらの要望に応える方法のひとつとして新しい酵母Saccharomyces cerevisiaeの開発が考えられた。「異なった環境には、 異なった微生物が存在する」といわれているが、「異なった環境にはS.cerevisiaeであっても、機能や性能の異なった株が存在する」と考え、 これまで全く研究が行われていなかった海洋環境のS.cerevisiaeに着目し、工夫を凝らして13株を分離した。これらの株からパン生地の発酵、 ワイン、清酒、焼酎の醸造に最適な株を選抜し、海洋酵母を用いた特長ある商品を生み出すことができた。
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花酵母の利用と商品開発
東京農業大学 短期大学部醸造学科    中田 久保
 近年、消費者の日本酒離れは続き、1970年に4,000場以上あった清酒醸造業者も現在では、1,500場程度に減少している。製造量も1975年の170万klをピークに年々減少し、 2005年では、86万klとピーク時と比較して半減している。特にここ5年間の減少は激しく年々5%ずつ減少し低迷を続けている。 この低迷を何とか乗り切ろうと花酵母を用い、清酒、焼酎を醸造したところ、吟醸香(酢酸イソアミル、カプロン酸エチル)の生成量が高く、 またリンゴ酸生成量も高い特徴ある菌株が得られ、これらの菌株を用い醸造した製品は好評を得ている。
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遺伝子・ゲノムからみた見た下面発酵ビール酵母
フロンティア技術研究所 元 キリンビール(株)医薬カンパニー営業本部    玉井 幸夫
 下面発酵ビール酵母とは、世界で最も多く飲まれているピルスナータイプのビールの醸造に用いられている酵母のことである。この酵母の特徴は、 低温での旺盛な発酵力と、発酵が終了した後に凝集して沈降することにある。このため下面発酵酵母と呼ばれている。この酵母の分類学的な位置づけや由来および性質は、 実験技術の進歩とともに明らかにされてきた。現在では、下面発酵ビール酵母は清酒酵母やパン酵母に代表される発酵力の旺盛なS.cerevisiaeと、 低温増殖力が強いS.bayanusの雑種であることが明らかにされている。この研究の流れとゲノム情報を活用した研究の進歩について概説する。
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