Vol.35 No.3
【特集1】 沿岸漁業資源の持続的利用のための技術戦略


沿岸漁業の現状と課題
(独)水産総合研究センター 中央水産研究所    中田 薫
 日本の沿岸漁業生産量は,ピーク時の1980年代半ばから40%以上減少している。沿岸漁業は高齢化が進んだ零細な自営漁業就労者により主として営まれ,その活性化には,前浜の資源が潤沢で資源 の持続的利用ができることと水産資源のもつ「不安定性」に即応できて高収入に結び付く加工・流通のしくみを作って後継者を呼び込むことが必要である。特に前者については,水産以外のセクタとのつながりを 持ちながら,資源生物の生活史にわたる分布域を十分カバーできる範囲を視野に入れた漁場の保全・再生を行うこと,複数の管理方策を組み合わせるとともに順応的管理の視点を持って漁場の管理,資源の 管理,漁業の管理にあたること,が重要である。
(キーワード:沿岸漁業,不安定性,漁場の管理,順応的管理)
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内湾漁業における赤潮・貧酸素水塊の影響とその対策
(独)水産総合研究センター 中央水産研究所    児玉 真史
東京大学大学院 新領域創成科学研究科    多部田 茂
 わが国の閉鎖性内湾においては,赤潮や貧酸素水塊といった現象が常態化しており,漁業生産低迷の大きな要因となっている。特に夏季に恒常的に形成される貧酸素水塊は水産生物の大量へい死を 引き起こすなど深刻な漁業被害をもたらしている。貧酸素水塊に対してはさまざまな対策が講じられているが,その問題は根深く抜本的な改善には至っていない。内湾漁業のうち,小型底びき網漁業は貧酸素水 塊の動態に強く影響を受け,危機的状況に陥っている。伊勢湾においては,小型底びき網の実態把握調査に基づくシミュレーションモデルを用いた漁業の健全性,脆弱性評価を通じて貧酸素水塊などの環境 変動への対応策に関する検討行われている。
(キーワード:内湾,赤潮,貧酸素水塊,小型底びき網漁業)
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沿岸資源の持続的利用のための里海と海洋保護区
(独)水産総合研究センター 瀬戸内海区水産研究所    浜口 昌巳
 近年,わが国の沿岸資源は減少の一途をたどっている。なかでも,アサリなど二枚貝資源の減少は著しく,資源再生が切望されている。アサリなどの沿岸資源を再生し,そして持続的生産体系を構築して いくためには,研究面ではメタ個体群理論,行政面では"里海"の概念による様々な取り組みが必要となる。そこで,本稿ではアサリを例にして,その資源再生や持続的利用のための里海管理や海洋保護区の考 え方について,尾道・松永湾における実例を挙げて解説する。
(キーワード:沿岸資源,持続的利用,里海,アサリ,地域連携)
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藻場の維持とウニ漁業
(独)水産総合研究センター 水産工学研究所    桑原 久実
(独)水産総合研究センター 中央水産研究所    宮田 勉
 わが国のウニ漁場は,海藻の生産よりウニの摂食がまさり,磯焼け状況にある場合が多い。このような漁場では,ウニは慢性的な餌不足にあり,成長や身入りは悪く,漁業者は漁獲できない。ウニが高 密度に分布する状態が続き,磯焼けからの藻場回復は困難である。ウニ漁業の再生を目指し,ウニの密度調節や海藻の播種や移植など「磯焼け対策ガイドライン」(水産庁)に基づく対策が各地で実施され, その結果,ヘクタール単位の藻場回復に成功している。本報告では,わが国のウニ漁業の現状と現在実施中の藻場回復の取り組みについて紹介する。
(キーワード:ウニ漁業,藻場,磯焼け,植食動物)
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沿岸資源の加入管理と種苗放流との関係
(独)水産総合研究センター 北海道区水産研究所    堀井 豊充
 水産資源の維持・回復を図る上では,資源の特徴に応じた適切な漁業管理を行うことが重要であり,とりわけ親魚を適切に取り残すことで次世代の加入を促す「加入管理」は生物資源管理方策の基本である。さらに,いくつかの魚種では,漁業管理に加えて人工的に生産された稚魚(人工種苗)の放流を組み合わせることで相乗的な回復効果を期待する「栽培漁業」が行われている。本稿では,放流した人工種苗が成長して漁獲される直接的な効果だけではなく,親となって子孫を残すことによる効果(再生産効果)を考慮して,加入管理と種苗放流との関係について議論する。
(キーワード:資源管理,栽培漁業,放流効果)
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種苗放流による遺伝的リスクの評価とその軽減技術−マダイ,ホシガレイ−
(独)水産総合研究センター 西海区水産研究所    有瀧 真人
 人工種苗を大量に放流するリスク,特に遺伝的多様性の攪乱については,検討を要する課題として取り上げられてきた。しかし,現場のモニタリングから導き出された検証や対策の技術開発は大きく遅れ ていた。そこで,マダイを広域種,ホシガレイを地域種のモデルとして,遺伝的リスクの評価と軽減技術の開発に着手した。その結果,1.対象資源の「遺伝的管理単位」を把握することが重要である,2.マダイ,ホ シガレイとも遺伝的多様性に大きな攪乱は生じていないものの,リスクの可能性は放流種苗に存在する,3.リスク発現の大きな要因は種苗を供給する親魚集団にあり,モニタリング,管理が軽減技術に直結す ることなどを把握した。
(キーワード:種苗放流,遺伝的リスク,評価,軽減技術,モニタリング)
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ホタテガイ産業の生産体系と流通体系
青森県下北地域県民局    小坂 善信
 日本でホタテガイの増養殖が始まってから40年しか経っていないが,今では50万t以上生産ができるようになり,水産物の単一種としては日本一の生産量である。しかも,それは北海道,青森県,岩手県, 宮城県の4道県だけでほぼ100%を生産している。ホタテガイで増養殖が可能となったのは1つのある技術の偶然的な発明によるが,その技術は世界中に伝播し,今では日本のホタテガイ産業を苦しめるよう になった。それでも,日本のホタテガイ産業は苦しみながらも未だ世界には類を見ない良質なホタテガイと確固たる生産・流通体系を基に,国内消費はもとより諸外国に輸出している。
(キーワード:ホタテガイ,増養殖,生産体系,流通体系)
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資源の変化に柔軟に対応するための水産物流通チャネルのありかた
(独)水産総合研究センター 中央水産研究所    廣田 将仁
 水産流通など陸上セクターにとって,資源の変化への適切な対応は極めて重要である。水産業において資源が大きい時期には,陸上セクターは増大する資源を大量かつ効率的に流通させるため,流通 の経路(チャネル)を絞り込み,資本効率を高めようとする。しかしこれまでの経験のとおり,資源が減少すれば市場も縮小することから,絞り込まれたチャネルは変化に対する柔軟性を失い,かえって効率性を 失うことも多い。ここでは,九州におけるタチウオの流通システムの例を取り上げ,成長期に成果を上げた共同一元出荷形式の流通チャネルとの比較において,資源の減少にも柔軟に対応できる頑健な水産流 通チャネルのあり方とはどのようなものかについて考察する。
(キーワード:資源,国際市場,ネットワーク,ハブ,流通チャネル)
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Vol.35 No.3
【特集2】 東日本大震災からの復興に向けた農林水産技術の課題
放射性物質の環境分布状況と土壌除染技術


福島第一原発事故に伴う農地の放射能汚染の実態
(独)農業環境技術研究所    谷山 一郎
 福島第一原発事故に伴い大量の放射性物質が環境中に放出され,農地や作物が汚染されている。放射性物質のうち当面農業上問題となるのはCs―134とCs―137を含めた放射性セシウムであり,農 地土壌で水田の作付制限が行われた放射性セシウム濃度5,000Bq/kgを超える面積は約2,800haと推定されている。作物の汚染については当初,野菜を中心にして直接汚染の影響が現れたが,その後,食 品の暫定規制値を超える玄米が検出されている。
(キーワード:福島第一原発事故,放射能汚染,放射性セシウム,土壌,作物)
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農業機械を利用した表土除去技術
(独)農業・食品産業技術総合研究機構 中央農業総合研究センター    長坂 善禎・小林 恭
 筆者らは福島県飯舘村のほ場において,東京電力福島第一原子力発電所の事故により降下した放射性物質を含む表層の土壌を除去する実証試験を行った。除去には主に農業機械を使用し,表土の 砕土,削り取り,集積,排出,袋詰めの一連の作業を行い,水田,畑とも放射性物質を8割程度低減させることができ,2011年4月8日に原子力災害対策本部が示した水田での土壌中放射性セシウム濃度の上限 値(5,000Bq/kg)を下回った。また,水田では表土除去後に水稲を栽培し,収穫して玄米に含まれる放射性物質を調査したところ,食品衛生法の規定に基づく食品中の放射性物質に関する暫定規制値(500Bq /kg)を大幅に下回った。
(キーワード:放射性物質,除染,表土,除去,農業機械) 
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放射性物質が降下した水田の物理的除染技術
(独)農業・食品産業技術総合研究機構 農村工学研究所    中 達雄
 水田の除染技術の開発のために,福島県飯舘村での現地調査および研究所内で開発した物理的除染技術の現地実証試験を行った。事前の現地試験圃場の土壌調査では,水田土壌中(深さ0―15cm) の放射性セシウムは,耕起していない農地土壌の表面から2.5cmの深さに,その95%が存在していることを確認した。土壌中の放射性セシウム濃度は,表層土を剥ぎ取ることにより,試験区画内(10a)の平均 で,約9,000Bq/kgのレベルの濃度を82%低減した。また,圃場内の地表面の空間線量率(5cm上空)は平均7.76μSv/hから3.57μSv/hへ減少した。10a当たりの排土量は32m3であり,推定された剥ぎ取り の厚さは約3.0cmであった。
(キーワード:水田,除染,固化,剥ぎ取り,放射性セシウム)
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農業生産基盤の被害実態と復旧・復興のための技術支援
(独)農業・食品産業技術総合研究機構 農村工学研究所    鈴木 尚登
 東日本大震災では広範かつ膨大な農業生産基盤が大きな被害を受けたが,巨大津波による被害が甚大かつ集中したことで,これまで地震と津波を区分した被害の全容を俯瞰することが困難であった。本 稿では被害が生じた要因として地震動(推計震度)に着目し,被災市町村の被害額との相関性を分析することでその実態を明らかにした。さらに大規模地震災害時の技術支援態勢に不可欠な被害予測・想定に 関する研究開発等,今後,農業土木分野の研究者が農村地域の災害研究を主体的に取り組む必要性に言及した。
(キーワード:東日本大震災,農業生産基盤,大規模災害対策,推計震度,技術支援)
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東北・関東における地域農業復興の展望と技術的対応
(独)農業・食品産業技術総合研究機構 東北農業研究センター    関野 幸二
(独)農業・食品産業技術総合研究機構 中央農業総合研究センター    梅本 雅
 東日本大震災においては,被害が広範囲に及ぶとともに,多様で,また複層的な被害を及ぼしている。これらを踏まえた対策が必要であるが,土地利用型農業に対しては,圃場基盤の整備や地域的な農 地利用調整を進めながら,地下水位制御技術や省力的な乾田直播栽培技術,稲麦大豆3年4作体系等の導入を進める必要があり,それら新技術を導入していくことで,1人当たり800万円を上回る所得が期待 出来る。
(キーワード:土地利用型農業,営農再編,営農モデル,新技術,土地利用調整)
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(独)水産総合研究センターにおける復旧・復興の取り組みと今後の課題
(独)水産総合研究センター 東北区水産研究所    小谷 祐一
 東日本大震災は,東北地方太平洋側の水産業と漁場環境に壊滅的な被害を及ぼした。(独)水産総合研究センターでは,関係県からの要望を踏まえ,かつ水産庁の指導のもとに,被災直後から地域の実 態把握や技術支援に取り組んできた。水産研究施設等の被害は甚大であり,水産業の復旧・復興のための研究開発には,施設等の早期復旧とマンパワーの強化が望まれる。また,関係機関との連携協力の強 化や長期にわたる取り組みが必要である。
(キーワード:東日本大震災,水産業,研究開発,復旧・復興,連携協力,モニタリング調査)
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