Vol.2 No.7
【特 集】 昆虫ゲノム研究と新産業への応用


昆虫ゲノム研究の新展開とその利用
(独)農業生物資源研究所 昆虫科学研究領域    野田 博明
 昆虫ゲノムの研究は過去10年の間に大きく進展し,その手法も年々進歩している。特に,次世代シーケンサーの登場により,ゲノム解読手法が大きな変化を遂げた。また,網羅的解析手法,遺伝子導入技術などの発展も著しく,これまで昆虫では難しかった遺伝子の破壊技術も利用できるようになってきた。これまでのゲノム研究はモデル昆虫を中心とした研究にかなり限定されてきたが,今後は応用的に重要な種に中心が移っていくと考えられる。農業害虫を中心にその現状を概観し,今後どのような展開が予想されるか,また農業場面での活用例などを紹介する。
(キーワード:昆虫,ゲノム,遺伝子,網羅的解析,害虫)
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ゲノムとトランスクリプトーム情報を利用した新規害虫防除技術開発の展望
(独)農業生物資源研究所 昆虫科学研究領域    神村 学・篠田 徹郎
 数年前まではモデル昆虫や重要疾病媒介害虫でしか行うのが難しかったゲノム解析やトランスクリプトーム解析を農業害虫でも行うことができる時代になってきた。そこで本稿では,これらの大規模シークエンス解析をどのように害虫防除につなげるか,RNA農薬の開発,ゲノム創農薬,殺虫剤抵抗性機構の解明とモニタリング技術の開発,ゲノム編集技術への利用を例に挙げて展望を述べる。
(キーワード:ゲノム,トランスクリプトーム,RNAi,殺虫剤抵抗性,ゲノム編集)
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カイコ遺伝資源とゲノム情報を利用した新たな研究展開
東京大学 大学院農学生命科学研究科    嶋田 透
 カイコの全ゲノム解析は,1990年代半ばから日本を中心にして進められ,2004年に日本から最初の概要配列が発表された。2008年には中国とのゲノム情報の統合によって精密配列が得られるとともに遺伝子モデルがデータベース化され,それを用いた研究が加速されるようになった。わが国ではカイコの遺伝・育種の長い歴史に裏付けられて,数百の蚕品種や,500以上の変異体が保存されている。カイコのゲノム情報や遺伝子組換え技術が自由に使えるようになった現在,これらの遺伝資源は基礎研究の材料,蚕育種の素材としてばかりでなく,医学を含む幅広い分野に利用できる。本稿では,主に筆者がかかわってきたポジショナルクローニングによる遺伝子単離と,遺伝子の機能研究の応用可能性について概説する。
(キーワード:ゲノム情報,変異体,有用形質,ポジショナルクローニング,遺伝子機能解析)
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カイコの遺伝子組換え技術の新展開
(独)農業生物資源研究所 遺伝子組換え研究センター    瀬筒 秀樹
 2000年にカイコにおいてトランスポゾンを用いた遺伝子組換え技術が開発され,有用生産などによる新産業創出へむけた応用が進んでいる。さらに近年,ゲノム編集という新しい遺伝子組換え技術が開発され,遺伝子組換えカイコを用いたゲノム研究および新産業への応用研究の加速化が期待されている。また,ゲノム編集技術はどの生物種でも気軽に使えるため,カイコをモデルとして開発した技術を他の昆虫にも適用することにより,新たな昆虫産業が創出され拡大していくことが大いに期待される。
(キーワード:遺伝子組換えカイコ,ゲノム編集,TALEN,CRISPR/Cas9)
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遺伝子組換えカイコによる組換えタンパク質生産
(独)農業生物資源研究所 遺伝子組換え研究センター    立松 謙一郎
 近年,バイオ医薬品などに用いられる組換えタンパク質の需要が急速に高まっており,低コストで高品質な組換えタンパク質を生産する発現系が求められている。カイコは孵化後約3週間で,数百mgのタンパク質からなる繭を作るという高いタンパク質生産能力を有している。これまでに遺伝子組換えカイコを用いた組換えタンパク質生産系が構築されており,体外診断薬や化粧品用の組換えタンパク質の生産系として実用化されている。今後,更なる発現効率の向上や糖鎖修飾の改変技術の開発により,この日本発のタンパク質生産系の活用が拡大していくことが期待される。
(キーワード:遺伝子組換えカイコ,組換えタンパク質,バイオ医薬品,絹糸腺,繭)
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カイコをモデル動物とした創薬研究展開
東京大学 大学院薬学系研究科    浜本 洋
 我々は,飼育しやすく,コストが安い上に,倫理的な問題が無い,カイコを創薬におけるモデル動物として利用することを試みている。カイコの薬物動態は,哺乳動物と類似している点があり,カイコの利点を生かして治療効果を指標とした医薬品の開発が可能である。実際に,カイコ細菌感染モデルを利用して,マウスモデルでも治療効果を示す新規抗生物質カイコシンの発見に成功した。また,トランスジェニック技術を用いた病態モデルを確立し,それを利用した創薬への応用を試みている。カイコは創薬研究において優れた特長を有しており,様々な病態モデルを開発することで,実際の創薬研究に貢献できると考えている。
(キーワード:カイコ,創薬,モデル動物,抗生物質,トランスジェニック)
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