Vol.2 No.12
【特 集】 発酵食品にかかわる微生物研究の新展開


醤油の「香り」と「うまみ」を醸し出す微生物
東京農業大学 短期大学部    舘 博
 醤油の微生物に関する研究は,麹菌の全遺伝子解読以来,急速に遺伝子解析技術が導入されてきている。醤油醸造に関わる微生物としては,麹菌,醤油乳酸菌,醤油酵母がある。麹菌がジペプチジルペプチダーゼ4(DPP4)を生成していることを発見し,醤油醸造におけるうま味形成に対する役割,2型糖尿病予防としてのDPP4阻害物質の検索,DPP4を用いた機能性ペプチドの酵素合成を行った。醤油乳酸菌のヒスタミン生成抑制については,大手企業では対策がすでに終わっている。醤油酵母Zygosaccharomyces roxii の産膜形成に関わる遺伝子の同定と機能解析が明らかになっている。
(キーワード:醤油醸造,ジペプチジルペプチダーゼ4,ヒスタミン生成,産膜形成
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味噌の「うまみ」を作り出す麹菌
(独)農業・食品産業技術総合研究機構 食品総合研究所     楠本 憲一
 我が国の伝統的発酵食品である味噌は,麹菌の一種Aspergillus oryzae を用いて醸造される。本菌はデンプンを分解するアミラーゼやタンパク質を分解するプロテアーゼ等の生産性が高く,味噌の「うまみ」成分生成にはこれらの酵素の働きが不可欠である。2005年にA.oryzae のゲノム情報が解明された結果,100種類以上のプロテアーゼ遺伝子が発見され,その中に30種類以上のアミノペプチダーゼが見出された。このうち,うま味アミノ酸であるグルタミン酸およびアスパラギン酸をペプチドのアミノ末端から遊離するアスパチルアミノペプチダーゼの性質を明らかにし,本酵素が米麹から容易に浸出し,味噌の「うまみ」増強に機能する可能性を示した。
(キーワード:味噌,麹菌,プロテアーゼ,アスパチルアミノペプチダーゼ,旨味アミノ酸生成)
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パン酵母育種技術の最新動向
(独)農業・食品産業技術総合研究機構 食品総合研究所     中村 敏英
 パン酵母はパンづくりには必要不可欠な微生物で,パンにふんわり感や良風味を与える。パン酵母の育種は製パン過程の効率化やパン製品の品質改良に極めて重要である。パン酵母の属する出芽酵母はモデル真核生物として研究が精力的に行われ,これまでのゲノム研究を活用した遺伝子解析ツールや新しいゲノム編集技術の開発が進んでいる。これらのツールや技術を用いたパン酵母のストレス耐性に関する研究も進められている。パン酵母のストレス耐性機構の研究成果や最新ゲノム研究技術の育種への応用について紹介する。
(キーワード:製パンストレス,変異育種,ゲノム編集
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納豆菌の系統的特徴と新しい種菌開発に関する研究動向
(独)農業・食品産業技術総合研究機構食品総合研究所     木村 啓太郎
 納豆菌ゲノム情報の公開と納豆発酵適性株の系統解析により,納豆発酵株の遺伝的な特徴として次の5点が明らかとなった。①納豆の粘り物質(γPGA)生産を制御する細胞密度情報伝達系の鍵遺伝子degQ が高発現タイプのプロモーター配列を有する。②細胞の運動性に関わるswrA 遺伝子が活性化型である。③ビオチン合成オペロンに欠損変異を有し細胞内でビオチン合成ができない。④フラジェラ(鞭毛)形成能が弱い。⑤ "被り"と呼ばれる菌膜,つまり重層的なコロニー形態(fruiting body)を有する。最近の新たな納豆種菌開発事例についても紹介したい。
(キーワード:納豆菌,ゲノム,系統解析,種菌開発)
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機能性素材としての発酵乳と乳酸菌
(独)農業・食品産業技術総合研究機構畜産草地研究所     鈴木 チセ
 メチニコフの「ヨーグルト不老長寿説」以来,乳酸菌や発酵乳は体に良いと認識されてきたが,機能性乳酸菌を用いた発酵乳の開発はわが国において先駆的に行われていた。食品機能性の概念も日本発のものであり,フラーのプロバイオティクスの概念よりも先行している。ここ数年のメタゲノム解析の成果は,腸内菌叢がヒトの体に及ぼす様々な役割を明らかにしてきた。本稿では機能性乳酸菌と発酵乳にかかわる話題,筆者の属する農研機構畜産草地研究所の研究事例を含めて紹介する。
(キーワード:乳酸菌,プロバイオティクス,発酵乳,特許,機能性)
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発酵漬物と乳酸菌
東京家政大学     宮尾 茂雄
 我が国では,すぐき漬,しば漬,赤かぶ漬などが発酵漬物としてよく知られているが,海外にもサワークラウトを始め,キムチ,泡菜など,それぞれの地域の特性に合わせた製造法により作られている発酵漬物がある。近年,乳酸菌が健康維持機能を有していることや和食への関心の高まりから伝統食品の一つである発酵漬物に対する関心も高まっている。本稿では,発酵漬物に出現する乳酸菌やそれらの特性,また,発酵製造過程における微生物の変遷やそれを制御している要因について概説するとともに,今後期待される調理素材あるいは調味料としての乳酸発酵野菜について紹介する。
(キーワード:発酵漬物,乳酸発酵,乳酸菌,温和加熱,AIT,発酵野菜)
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発酵食品データベース構築に向けて
(独)農業・食品産業技術総合研究機構食品総合研究所     曲山 幸夫
 かつて各地で独自の進化を遂げ,それぞれが個性的だった日本の伝統発酵食品は,現代になって食生活の変化等のために多様性が失われてきた。しかし,最近になって和食がユネスコ文化遺産に登録されるなど,社会は豊かな食生活を求めており,発酵食品はその重要な要素の一つである。これを機に発酵食品を発展させるためには,発酵食品分野の関係者が活用したい情報を容易に入手できるようにすることが必要である。そこで,これまでに蓄積されてきた発酵食品に関係する技術や文化を収集し,それらをまとめて閲覧できる「発酵食品データベース」の構築に取り組んでいる。
(キーワード:伝統発酵食品,データベース,継承,食文化)
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