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アカムシユスリカ Tokunagayusurika akamushi (写真P-1・2)
[釣り餌名:赤虫]

 ユスリカ類の赤いボウフラは、「赤虫」の名でマブナ・モロコ・ワカサギなどの釣り餌として1935年ころから利用されはじめた。

 日本にはきわめて多種類のユスリカが分布し、昨今は多発によって大量の成虫が人家に飛び込む不快昆虫として一般にもその名が知られるようになった。とくに都会の汚れた河川に大発生して問題になるセスジユスリカなどは、 知名度も高く、幼虫も集めやすいが、釣り餌の観点からはやや小さ過ぎるうえに皮膚が弱く、あまり向いていない。湖沼に発生するオオユスリカの幼虫は、体長こそ30mmにもなるものの、やはり皮膚がもろく鉤付けに難点がある。 こうして釣り餌として最終的に選ばれたのが、アカムシユスリカの幼虫である。

 ただし徳永(注1)によれば、「赤虫」が大量に消費されるモロコのシーズンには、供給が間に合わず、他の種類の代用品も売られたそうである。しかし、最近ぼくが近在5か所の大・小の釣具店で求めた「赤虫」は、 国立公害研究所(現・函館工業高専)の岩熊敏夫氏の同定によって、すべて本家・アカムシユスリカであることが判明した。

P-1 「赤虫」(アカムシユスリカの幼虫)の売品 P-2 同、成虫―左:雄、右:雌
(全国農村教育協会提供)


 アカムシユスリカは湖沼性の種類で、富栄養化の進行した琵琶湖や諏訪湖や霞ヶ浦などでは、多発による公害問題を起こしている。幼虫は通常二年がかりで育ち、終齢幼虫は20mm内外に達する。 幼虫期の大半は湖底の泥の中にもぐって有機物を食べて育ち、冬期間のみ活動し、夏は眠って過ごす。成虫は秋に出現するが、この羽化の時期が最も魚に捕食されやすい。

 現在「赤虫」はほとんどの釣具店でほぼ周年的に販売されている最もポピュラーで、かつ、数100匹を濡れた新聞紙に包み200円程度のもっとも安価な餌でもある。

 しかし「赤虫」には集合性はなく、これを泥中から大量に集めるのは相当な手間になろう。かくして「赤虫」の売品は現在そのほとんどが韓国からの輸入に頼っているという。ただ、韓国の湖は本種の住みにくい人造湖ばかりで、 いったいこの国のどこからこれだけ大量の「赤虫」が集められているのか、韓国のユスリカの専門家も首をかしげているという(岩熊氏の私信による)。

 「赤虫」は植物を加害せず、日本にもいる虫とはいえ、日韓両個体群の系統や性質の違いなどはまだ何もわかっていない。釣り人が余った「赤虫」を湖に捨て、そこで増殖するケースがひんぱんに起こりうることを考えれば、 この輸入も問題なしとはしないであろう。日本の植物検疫体制は世界有数の厳重さを誇るが、農産物の害虫以外の虫は検疫の対象外となっている。しかし、生態系の攪乱や種の多様性の面から、 たとえ有用種といえども輸入は慎重を期すべきであるとの論議も活発化している。

 本間敏弘氏(前掲)の私信によれば、最近、富士五湖方面では、ワカサギがひそかに放流された外来のブラックバスに食われ、急速に釣れなくなってきたため、「赤虫」などのワカサギの餌まで売れなくなってきているという。 たいへん示唆的な話である。

 ちなみに、「赤虫」はこの仲間の中では皮膚が丈夫とはいえ、体はフニャフニャでいかにも鉤につけにくそうである。しかし、この点は心配無用で、ダイコンの切り口に「赤虫」を並べて、 手を触れずに鉤につけることを釣りの本で知った。このため、ダイコンも釣り用具の一つであるという。さすがに「餅は餅屋」である。



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