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アメンボの秋波


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雄(上)の波に反応して近づく雌のアメンボ
(農業共済新聞社原図)
 秋波(しゅうは)はいまや死語らしいが、「媚(こ)びをあらわす目つき。いろめ。ながしめ」(広辞苑)のことである。ということはさておいて、昆虫類は自然界で異性と出会うためにいろいろなしくみを発達させている。 それは臭覚(性フェロモン)であったり、視覚や聴覚(鳴き声)であったりするが、水面生活者のアメンボ類が採用しているのは"波の信号"である。

 アメンボはカメムシの仲間で、その名はつかむとアメのような匂いがすることに由来する(ただし、実際はアメには程遠い悪臭だが……)。身体を水面に支えているのは中と後の4本の脚で、 その先端部は油を分泌して水をはじき、水面はくぼむが沈まない。また、前脚は逆に水中に浸して水面を引き上げ、水の表面張力を利用して水面を移動する。

 すべての種類ではないが、この仲間は水面に落ちた小昆虫がもがいて立てる波によって餌を認知し、素早く近づいて捕食する。同様に、水面で脚を微妙に上下させて自前の波を発生させ、 これをなわばり、餌の防衛、求愛行動や個体間の距離の維持などの仲間同士のコミュニケーションに利用している。信号波はアメンボの種類や使用目的で異なり、3対の脚のどれを使うかで違う波を作り出す。 一方、波を感じる受容器は水に浸かった前脚に存在し、水流や落石による波の中から必要な情報波だけを選ぶという驚異的な性能を持つ。

 アメンボの求愛行動は、まずオスがメスを呼ぶ文字通りの秋波を発生させ、メスが反応してオスに接近すると、メスも特有な波を送る。これが受諾信号となって、オスはメスの背中に重なるように乗って交尾に至る。 また、種類によっては交尾のあとオスが信号波でメスを産卵場所に誘導したり、産卵用の小枝をメスに提供したりするものなど、配偶行動にもいろいろなタイプがあることが分かっている。 現在ではこれらの分析を通じて人工波による行動の制御や行動の進化にまで研究が及んでいる。

 なお、残念ながらこれらの研究は近年、主としてアメリカで行われたものである。日本でも一見「何の役にも立たない」こうした研究が認知され、これでメシが食べられるような新世紀であってほしいと願わずにはいられない。

[研究ジャーナル,30巻・7 号(2007)]





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