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”アホウ”は力なり

 今年(1999)琉球大学で開催された日本応用動物昆虫学会の大会で、弘前大学名誉教授の正木進三さんの講演は、いつもながら会場に入りきれないくらいの盛況であった。
正木 進三 氏
 八重山諸島にミナミマダラスズという小さなコオロギが棲息していて、卵で越冬休眠するものとしないものの二つのタイプがある。また前者にも休眠期間には長短の個体差がある。 正木さんはこれを休眠の長さ(深度)別に累代淘汰し、自然界の緯度の差による勾配変異を人為選択で再現できるかどうか調べている。 5年間の予備試験の後、1984年からこの試験を始め、今日までの15年間に休眠の深いものでは25世代、非休眠では65世代を飼い続けた。 1世代が長いコオロギ類でこれほど息の長い継続研究は世界的にも例を見ない。

 正木さんは冒頭で「ぼくがしてきたのは実験ではなく、単調な作業にすぎないからアホウにしか続けられない。ただ、“継続は力なり”というから、三段論法を適用すれば、 “アホウは力なり”ということになる」といって笑わせた。が、当初の試験設計を変更することなく長期継続することは、よほど理論構成が確立され、 強固な意志と情熱がなければできることではない。分析機器の急速な進歩もあって短期決着型の研究が急増し、実用志向型の研究ばかりが歓迎されている今こそ“アホウ”の意義は大きい。 なにしろ、わずか数百万年の歴史のヒトが、億年単位で数える生物を相手にしているのである。

 ちなみに、正木さんは世界的に知られる昆虫研究者である。主としてコオロギ類の休眠現象を主題に、昆虫の気候適応と分化の問題に取り組み、大学を定年退職したのちも自宅にエアコン室を作り、 膨大な個体数のコオロギを飼い続けている。「自然界での進化に比べてこの仕事の何と短いことか。余命を考えるとあと何年データが取れるだろうか」といいながら、 古希を越え、手伝う学生もいない今も、彼は毎日コオロギに囲まれてひたすら“アホウ”のように研究を続けているはずである。
正木氏自宅の飼育室 ミナミマダラスズ

[研究ジャーナル,22巻・7号(1999)]



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