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泣くなシロスジカミキリ

最大種

 カミキリムシの仲間は、その長いヒゲと多彩な体色、スリムな容姿で昔からアマチュアに人気のある甲虫である。そして、シロスジカミキリは、 日本から知られる700種類ほどのこの仲間のうちもっとも大型の種類である。

 一方、シロスジカミキリの幼虫は、クリや庭木の枝幹部を食害する害虫としてきらわれている。とくに、クリ栽培にとっては、近年、有力な樹幹施用剤に乏しい事情もあって全国的に困った存在になっている。


新聞紙

 成虫は夏に現れて交尾し、クリの幹に強力な大あごでかみ傷をつけ、その中に産卵する。孵化した幼虫は樹皮下を食害し、やがて材部に穿孔して数年がかりで成長して行く。 外部からはあまり目立たなくても、大風で大樹が根元から折れたとき、この虫の威力を思い知らされる。

 1970年代の当時、兵庫県農試の山下優勝さんは、シロスジカミキリの産卵場所が、クリの主幹部の地上1m以下に集中していることに眼をつけた。そして、 この部分に新聞紙を巻きつけておくだけで産卵を防止できることを見いだした。この手法は、新聞紙が金網に代わり、似たような習性を持つミカン害虫のゴマダラカミキリなどの対策にも利用されている。

幼 虫 成 虫
シロスジカミキリ

持ち方

 シロスジカミキリは子供たちにも人気がある。しかし、つかみそこなって手にまつわりつかれ、引きはなそうとしてしたたかにかみつかれる“事故”もまた多い。 あわててはいけない。手に新聞紙を巻きつけ、そっと尻をつついてその上に移動させてから取りのぞけば良い。服の上に追いやっても、鋭いツメでしがみつかれてやっかいである。 新聞紙であらねばならないのである。

 事故を防ぐ安全な持ち方はこうする。背中を指でおさえつけ、二本のヒゲの付け根をまとめて指ではさむ。こうすると虫はもがくが何もつかむものがない。 もっとも、こんな技術を修得しても、持ち上げてから何かするアテがあるわけでもないが、こうすると、キイキイという、カミキリムシ特有の泣き声を聞けることだけは保証できる。


何ゆえに

 シロスジカミキリは、はねの付け根のそばにあるヤスリと、前胸のうしろへりの内側をこすり合わせて発音する。だから、正しくは泣き声ではなく、 摩擦音である。ただ、大きくて強い虫だからそう軽がるしくは泣かない。泣くのは危急存亡、絶対絶命の時に限られる。このような状況から、 この音は鳥などの外敵におそわれたときの、おどしの効果として発達してきたことを思わせるが、実際に鳥がどのていどびっくりするかについてのデータはまだない。


ある実験

 かつて果樹試験場のぼくの研究室で、研修生の某君がシロスジカミキリの泣き声を聞き、その痛々しさに深い同情を示した。彼は、あふれるばかりの善意によって、 何と、この虫の発音器に機械油を差したのである。

 虫はどうなったか? おそらくはどんな昆虫学者でも予測しえなかったであろう意外性にみちた結果であった。だれにでもできる実験なので、 結末についてはもちろんだれにも教えてあげる気はない。まずは、みずからたしかめられたい。

 何はともあれ、この一件は、すこぶるユニークな発想にもとづく、全く意味のない科学実験が存在するという、貴重な教訓をぼくに残した。

[みのりの仲間,No.9(1979)]



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