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「カス」の効用

−機能性食品と食の遺産−

 もう何年か前のことだが、九州大学医学部同窓会館で「食品の機能性」に関するセミナーを開催したことがある。 講師には医・食・農のそれぞれの分野で日頃この問題に熱心に取り組まれている諸先生をお願いした。当日は小雨まじりの悪天候だったが、 会場には200名を越える聴衆が詰めかけ、改めてこの問題に寄せられる関心の高さを痛感させられた。

 ところで講演では、各講師の話題が期せずして「カス」の話に集中する結果になった。まず、九大健康科学センターの藤野武彦教授から醸造酢の話があった。 古代から日本人が常用してきた玄米酢には血液をさらさらにし、血行障害による脳卒中・心筋梗塞などの病気を予防する効果があるという。 臨床実験でも、酢を飲んでいる患者さんの血液は全コレステロールが減り、善玉コレステロールがふえている。問題は何が効くかだが、どうやら酢酸ではなくて、 醸造酢に混じっている黒い物質、つまりカスが効くらしい。

 つぎはゴマ油の搾りカスの話である。九大農学部の菅野道廣教授によると、搾りカスに多量に含まれているセサミンには多様な生理活性機能が期待できる。 まず食物中のコレステロールの腸内吸収を特異的に妨げる効果がある。また細胞のがん化を防いだり、がん細胞の増殖を抑える効果もあるらしい。 面白いのは、アルコールを分解する酵素系を活性化し、アルコールによる肝臓障害を防ぐことである。お酒ですぐ赤くなる人があらかじめセサミンを飲んでおくと、 なかなか赤くならないし、酔いもすぐ醒めるという。下戸待望の新薬かもしれない。

 最後は黒砂糖のカスである。愛媛大学医学部の奥田拓道先生によると、黒砂糖の黒い部分には腸内でグルコース・ブドウ糖・果糖などの吸収を抑制する物質が含まれているという。 ここでも黒いカスだが、こちらは砂糖を精製すると除かれてしまう。砂糖を食べると上昇する血中インスリンが、この物質を添加することによって抑えられる。 砂糖好きの人はむしろ黒砂糖をなめる方が太らないかもしれない。

 ところで、この地球上に存在する高等植物は25〜30万種といわれる。この中でヒトが食用にしてきたものは3000種に過ぎない。 栽培された作物となると僅か170種ほどになってしまう。遠い昔、この地球上に人類が出現した時から、気の遠くなるような数の生体実験を試みながら選び抜いてきた食草が今日の食用作物なのであろう。 まだまだ我々の生存の根元にかかわる未知の有用物質が沢山含まれているとしても不思議ではない。

 ところが、20世紀の我々は味と栄養だけに力点を置き、必要以上に食べ物のカスを作り過ぎているのではないだろうか。酢は酢酸、ゴマは油、 砂糖はシュクロースと、純度を上げ、効率を追求しているうちに、太古から受け継いできた人類の食の遺産をカスとして捨て去ろうとしていたのかも知れない。

 農業も農産物加工も、カスには縁の深い産業である。この辺りで、そのカスをカチ(価値)に、それも飛び切りの高付加価値に代える工夫はないだろうか。 輸入自由化が進む中で農業が新たな発展を図ろうと思えば、クリーンな国産農産物に多様な価値を追加する努力が必要である。 そのためには新たな視点でカスを見直す技術の力がぜひ必要である。もっとも、カスの中から金目になるものだけを引き出し、 新しいカスを作り出すだけなら御免を被りたい。その効率主義が続くかぎり、「米は欲しいが、農業はいらない」、「都会はいるが、地方はいらない」となっていくだけだろうから……。 

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