Vol.5 No.12
【特 集】 超高齢社会における新たな食品の開発


特集の目的と概要
JATAFFジャーナル 編集部
 わが国の65歳以上の高齢者人口の割合(高齢化率)は,2016年に27%を記録し,約40年後には40%にまで上昇すると予測されている。こうした中,本号では,わが国の食産業が高齢社会の深化と密接にかかわりつつあることに着目して,高齢者をターゲットとした食全般の問題や食品開発の技術的課題を中心に特集を企画した。「食」は栄養補給という基本的な機能だけではなく,食を楽しむことを通じて心身ともに満足できる。このため,おいしく食べられるような加工技術,高齢者でも簡便で安心して食べられるような加工・保存・包装技術が求められている。併せて,食品開発の背景として,高齢者における低栄養と食生活の問題について触れた。
(キーワード:超高齢社会,低栄養,ユニバーサルデザインフード,災害食)
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超高齢社会における食品開発のニーズ
農業・食品産業技術総合研究機構 食品研究部門    神山 かおる
 増加する高齢者を主なターゲットとした食品の開発および食品を対象者に届けるシステムの構築は,超高齢社会において極めて大きなニーズである。健康長寿のためには,栄養を十分に摂取でき,食べることを楽しめるような食品が入手しやすいことが必要である。高齢者向けの食品では,対象者の摂食能力に合わせて食べやすく,かたさなどのテクスチャーを制御することが一般的である。若年健常者が咀嚼中に口の中で行う食品の加工を,食べる前に行えば,咀嚼の負担は減らせる。技術的には難しくないが,いかにおいしさを損なわずに高齢者食を提供するかが肝要である。高齢者の十分な栄養摂取が期待できるからである。
(キーワード:食品テクスチャー,スマイルケア食,咀嚼,物性測定)
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高齢者の低栄養と食生活の改善
東京都健康長寿医療センター研究所    新開 省二
 わが国の一般高齢者の2〜3割に低栄養がみられる。高齢期の低栄養は死亡や要介護状態のリスクとなり,余命や健康余命を短くする。健康長寿社会の実現に向けて,高齢期の低栄養に対する処方箋が必要である。低栄養の原因は様々であるが,一般的には食事要因が大きい。いわゆる「少食・粗食」が長く続くと,様々な栄養素が不足して,低栄養が生まれる。その予防としては,ふだんから栄養素密度の高い多様な食品摂取を心がけること,そのためには主食・主菜・副菜を組み合わせた食事をほぼ毎日1日2回以上とるのが目標となる。超高齢期では買い物や調理,共食など食環境への支援も必要である。
(キーワード:低栄養,健康リスク,食品摂取の多様性,栄養素密度,食環境)
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高齢者に望ましい食事と栄養
神奈川工科大学    饗場 直美
 高齢者が健康に生活するためには,適切な栄養の摂取が不可欠である。5年ごとに改定されている「日本人の食事摂取基準2015年版」では高齢者(70歳以上)の栄養について検討され設定された。高齢者の栄養管理は,低栄養と肥満の二極からの食事の管理に加え,生活習慣病や認知症などの疾患の予防を考慮する必要がある。また,加齢や低栄養などの複合要因による食機能低下が引き起こされることから,残された機能を維持しながら,個人差の大きい個々人に合った食事の管理が必要となる。基本的な食事の構成は,主食・主菜・副菜・汁物からなる一汁三菜を中心としたバランスのとれた食事に心掛けるが,摂食量が減少してくる高齢者では,献立構成の中で,量的な管理のみならず質的な管理が必要となる。
(キーワード:高齢者,食事摂取基準,食事構成,栄養管理)
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介護職と栄養食の融合による
新しいユニバーサルデザインフードの開発戦略
株式会社明治    森田 勉
 増加の一途をたどる要介護者にとって食の介助とは何か?体力・筋力の低下は食すことへの大きな障壁となる。食べる機能が低下することに対し「個々人にあった食と栄養を提供し,介護者と要介護者の問題を解決する」ことが重要である。その観点から生まれた日本介護食品協議会が認定する「ユニバーサルデザインフード(以下,「UDF」)」。そのUDFを通して,メーカーが提供する価値は「おいしく」「食べやすく」「栄養が取れる」という3点を満たすことにある。この重要な要素を追求した商品の考え方に基づき,介護食が抱える課題,ユニバーサルデザインフードがもたらす価値および商品開発の方向性について一考察をまとめた。
(キーワード:ユニバーサルデザインフード,UDF,低栄養,在宅介護,食機能低下)
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農林水産省におけるスマイルケア食の取り組み
農林水産省食料産業局    添野 覚
 介護食品が消費者に分かりやすい形で広がるためにはどのような取り組みが必要か,農林水産省は2013年2月に有識者会議を設けて検討した。その結果,多様な介護食品が市場に出回っている中,利用者がどれを選んだらいいのか分からないといった混乱を招かないよう,それぞれの状態の人に応じ適切な選択ができるような分類を統一し,それを表示するマークを定めることとなった。
(キーワード:スマイルケア食,介護食品,農林水産省,そしゃく配慮食品,JAS,日本農林規格,特別用途食品,えん下困難者用食品)
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高齢者に配慮した食品包装技術
野田治郎技術士事務所    野田 治郎
 食品産業にとって,2,700万人以上と推定される元気な高齢者を念頭に置いた商品開発が必須となっており,多くの商品は高齢者が利用することを想定して設計されている。高齢者が使いやすい食品包装を設計するためには,ユニバーサルデザインの考え方が役に立つ。具体的な事例をみると,表示の見やすさ,安全性,開けやすさ,握りやすさ,出しやすさ,廃棄性などいろいろな角度から配慮し,最新の包装技術を導入することにより,元気な高齢者が利用しやすい商品となっていることが分かる。
(キーワード:食品包装,ユニバーサルデザイン,高齢者,安全性,開封性)
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「凍結含浸法」による高齢者向け食品の開発と今後の普及
広島国際大学    坂本 宏司
 凍結含浸法は酵素などを食材内に急速導入する技術で,形状を保持したまま極めて軟らかい食品を調理することができる。そのため,本法は形状保持型介護食の製造技術として病院・福祉施設での調理や高齢者用食品の製造に応用されているほか,導入する物質を変えることで造影検査食などの医療分野から機能性の増強技術などにも応用可能である。さらに,簡易な凍結含浸法の開発も行っており,今後は六次産業化や在宅介護支援への普及を行う予定である。
(キーワード:凍結含浸,介護食,高齢者食,軟らか食,機能性付加)
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災害時における高齢者の健康問題
お茶の水女子大学    須藤 紀子
 災害時における高齢者の主な健康問題は,①誤嚥性肺炎, ②低栄養, ③脱水である。これらは,唾液の分泌低下や飲食時のむせ,易感染,薬の服用といった平常時にもみられる要因によって生じるが,災害時の 介護用品やオーラルケア用品の不足,食事介助者・調理者の不足,義歯の喪失や不具合,避難所や炊き出しで出される食形態の合っていない食事,水不足やトイレ環境の悪化といった災害時特有の要因によってさらに 顕著となり,災害関連死につながる。
(キーワード:誤嚥性肺炎,低栄養,脱水)
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災害食の開発ニーズと課題
ホリカフーズ株式会社    別府 茂
 日本は災害多発時代に入り,災害に強い生活の備えが不可欠になっている。中でも食の備えは平時に無駄にならず,災害時に役立つことが求められている。このため,非常食といわれる大災害専用食品ではな く,平時の生活で利用しながら災害時にも役立つ災害食という新しい考え方が生まれ,新しい食品ジャンルとなりつつある。避難生活のために,食品とともに飲料水やお湯の対策,高齢者など食支援が必要な要配慮者 対策,さらには,避難生活の長期化対策で必要となる健康面の二次災害防止を目的として,自助と公助の両方で役立つ食品と活用する仕組みが必要となっている。
(キーワード:大規模災害,要配慮者,災害食,開発ニーズ)
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Vol.5 No.12 【寄 稿】


省力・多収・輸送性に優れるイチゴ「恋みのり」と
その船便輸出
農業・食品産業技術総合研究機構 九州沖縄農業研究センター
曽根 一純・遠藤(飛川) みのり
 イチゴでは次世代の大規模安定生産システムの構築が進められるとともに,新たに東南アジア等への輸出による収益の拡大が試みられている。新品種「恋みのり」は,連続出蕾性や多収性に優れるほか,冬期の草勢が強く草勢維持が容易で,大果で秀品率が高く,収穫・調製作業の省力化が可能である。また,果実硬度が高く,貯蔵に伴う黒ずみの発生が少なく日持ち性に優れる。輸出においては新たに開発したパッケージ法を利用することで,これまでは輸送期間の長さからイチゴでは困難とされてきた船便での輸送にも対応可能であり,その品質は海外でも評価されている。本稿では,新品種の特徴とそれらを活用した輸出への取り組みについて紹介する。
(キーワード:イチゴ,多収,省力化,輸出,鮮度保持)
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